★第24回鎌倉同人会講座「鎌倉の仏師と仏像 ―鎌倉仏師復興までの歩み―」報告 |
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大仏師 奥西希生定海氏 講座風景 浄光明寺住職 大三輪龍哉氏 |
講師: 大仏師 奥西希生定海氏 浄光明寺住職 大三輪龍哉氏 秋晴れに恵まれた第24回鎌倉同人会講座が浄光明寺客殿にて、25名の参加者の下、大佛師奥西希生定海氏 (2020年に浄光明寺より文殊菩薩座像造立開眼に対し、大仏師の称号と定海の名を授与)を迎えて、開催されました。 奥西氏は、代々の工匠の家に生まれ、祖父が「明治時代の廃仏毀釈で途絶えた鎌倉仏師を復興させたい」と語っていた 言葉が何時も頭に浮かんでおり、東京芸大彫刻科・院修了後に 鎌倉・室町時代に活躍し伝統が途絶えていた「鎌倉仏師」 の復興を掲げ、古典技術の研究実践を繰り返し、鎌倉仏の特徴であり鎌倉武士に好まれた土紋仏の復興の技法を習得され、 土紋仏復興の第1号として浄光明寺境内にあり、雪で折れ、保存されていた樹齢750年の霊木・槇の枝から文殊菩薩座像 を650年ぶりに誕生させました。 土紋仏は、鎌倉独特の仏像様式で、土と漆を混ぜ、木の型に込め、成形したものを仏像の表面に貼り付ける装飾技法で、 立体的な美しさが特徴と言われています。 講座では、日本の伝統技術を未来に継承する為、千年かけて巨大彫刻建造物を制作する「千年彫刻」の計画をサグラダ ファミリアや神宮式年遷宮の例と共にお話し頂きました。 奥西氏は、仏教の知識も豊富な彫刻家であると共に大佛師に相応しい存在である事を感じました。 境内の霊木・槇の木の枝から彫られた文殊菩薩座像、同材から作られた払子、数珠を客殿で拝観した後、大三輪龍哉住職 先導にて、一段高くなった裏手の敷地にある霊木・槇の木の説明、収蔵庫に安置されている重文の阿弥陀三尊像の拝観や説 明を頂きました。 阿弥陀如来像は、正安元年(1299年)作である事が確認されており、鎌倉に残る数少ない誕生時期が明確な土紋仏 です。両脇侍像(観音菩薩・勢至菩薩)には、土紋がなく、その理由として1296年の火災時に阿弥陀如来像が大きす ぎて持ち出せず焼けてしまい、2代目として製作された現存の阿弥陀如来像と火災を免れた両脇侍像では、製作時期が異 なるからとの事でした。 今回の講座は、歴史に富める鎌倉の北条氏や足利氏とゆかりの深い浄光明寺での開催に加え、鎌倉ゆかりの土紋仏復興 に関する有意義なお話し、現存する数少ない土紋仏である阿弥陀如来像や土紋仏復興第1号となる文殊菩薩座像の拝観も 出来、参加者一同、有意義な一日を堪能させて頂きました。 (山次和男記) 土紋 仏像を彫るのみ 小槌 霊木・槇 重文の阿弥陀三尊像の拝観 |
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